読むだけでトラウマが解消されるストーリー -17- 北の果ての結婚式

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彼を日本に連れて帰ってから、母の意向で仲のよかった友達と兄と妹をよんで結婚の報告会を自宅でしました。

 

 

私たちは結婚式はカナダのKugluktukですることにしていました。

 

 

兄妹の中で一番初めに結婚することになった私。

 

 

初めて子供が結婚することになったのに、両親にはKugluktukはとても遠くて行けないと言われました。

 

 

行けないと言うよりも、母にしたら娘が地球の果てに嫁いでしまうので「私は娘を失った」と言う気持になっていたようです。

 

 

母がそう思っていたことを私は後から知りました。

 

 

私にしても「こんな日本出て行ってやる!」

 

と家出をしたくらいですから

 

父や母に会えなくなるのも仕方ないことだと思っていました。

 

 

そうして数日、日本に滞在し持って帰る荷物をまとめ、私たちはカナダへと戻っていきました。

 

 

その時「もしかすると、もう日本に帰ってこないかもしれない」と思いました。

 

 

結婚式は彼の家族と友達が一緒になって手作りでしてくれました。

 

 

結婚式に必要なものはKugluktukでは手に入らないので

 

日本から帰る途中エドモントンによって買いそろえ

 

ウエディングドレスは彼の妹さんが着たものを借りました。

 

 

準備期間は一ヶ月ほど。

 

でも私たちの知らないところでみんなが協力して着々と準備を整えてくれていました。

 

 

結婚式など、なにかうれしいことがあると村中の人がお祝いに駆けつけてくれます。

 

 

教会の中には入りきれないのでみんな外で待機していて

 

式が終わり私たちが出て行くと一斉に「おめでとう!」の言葉とともに紙吹雪のシャワーです。

 

 

何とも心温まる、うれしい瞬間でした。

 

 

こんな小さな村に教会が3つもあるのですが、その中で一番大きなアングリカン・チャーチで式をしました。

 

 

結婚の署名を教会のノートにした時に牧師さんが

 

「この北の果ての小さな教会の唯一の日本人の結婚の署名だね」と言いました。

 

 

この村は、かの探検家の植村直己さんも何度も訪れていた村ですが

 

村の人と結婚をした日本人は唯一私だけでした。

 

 

式が終わった後は、村のコミュニティーホールでみんなが手作りしてくれた披露宴です。

 

 

飾り付けも手分けしてしてくれ、料理もそれぞれが作って持ち寄ってくれました。

 

 

ウエディングケーキすら手作りで、彼の妹さんが作ってくれました。

 

 

結婚式をするならこんな手作りの結婚式がいいなと

 

学生時代に日本の結婚式場でアルバイトをしていた時に思っていましたが

 

日本から家族は参加できませんでしたが

 

望み通りの心温まる結婚式に私は大満足でした。

 

 

-18-につづく

 

 

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