読むだけでトラウマが解消されるストーリー -11-  反抗期

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思春期の頃、私には反抗期がありませんでした。

 

 

友達が

 

「父親と口をきくのもいやだから顔を合わさないようにしている。

 

家に帰ったら用のある時以外は自分の部屋にこもっている」

 

と言っているのを聞いて

 

「思春期とはそういうものなんだ。私もそうしてみよう」

 

と思い、家に帰って親と顔も合わさず

 

さっさと2階の自分の部屋に上がり下には降りていきませんでした。

 

 

しばらくすると私の様子がおかしいので母が

 

「しほり~。どうしたんや?おやつ食べへんのか?」

 

と声をかけてきました。

 

 

 

私はいつも帰ってから家族とおやつを食べるのを楽しみにしていたので我慢できず

 

「私には無理や。親と口聞かないなんてできない。まあ、私は私や」

 

とすぐに友達の真似をするのをやめ

 

それ以後も少々の口答えはあったものの

 

反抗期らしい振る舞いもなく、家族と仲良くしていました。 

 

 

 

私は2番目の子供で長女です。

 

 

小さい頃から親の顔色をうかがいながら、要領よくしかられず「いい子ちゃん」でいる子でした。

 

 

何でもテキパキし、学校の成績もよく、スポーツもでき、親の手伝いをよくする子でした。

 

 

とにかく親にほめてもらいたくて、親の喜ぶ顔が見たくて、なんでも一生懸命する子だったと思います。

 

 

だからなんだか、反抗すべき時期に反抗することもなく、親の思うとおりに育ってゆきました。

 

 

そんな私が会社を辞めカナダに行くと言ったとき、親はとてもびっくりしていました。

 

 

 

バブルの頃はまだ結婚適齢期を「クリスマスケーキ」と言って

 

「25歳までに結婚できなかったら売れ残り」と言われていました。

 

 

 

私がカナダに行ったのは24歳の時です。

 

 

「いつか海外に行きたいな」と小さい頃から口にしていたものの

 

まさか年頃の娘が結婚資金に貯めているだろうと思っていたお金を使って海外に行くとは思っていなかったのでしょう。

 

 

でも、私は昔から自分のことは何でも自分で決めやってきたので親も反対することができず、しぶしぶ送り出してくれたのです。

 

 

 

私はカナダから日本に戻ってきてから、好きだった人と離ればなれになってふさぎこむ日が続きました。

 

 

親と親戚のおじさんが私がまた海外に行ってしまうことを心配して、何度かお見合いをさせようとしました。

 

 

 

「好きな人と離ればなれになってこんな辛い思いをしているのに!」

 

と私はとても腹が立ち

 

だんだんと子供の頃のつらかったことや母親に対する「恨み」

 

みたいな気持ちが沸き出してきました。

 

 

もう親の顔色をうかがって「いい子ちゃん」を演じるその自由のなさに嫌気がさして

 

母親に対して嫌悪感を覚えたのでした。

 

 

そして24歳になってからの反抗期が始まったのです。

 

 

-12-につづく

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