読むだけでトラウマが解消されるストーリー -9- 運命の出会いのその後

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真っ暗闇の氷の世界でも、刺激的でとても充実した日々が過ぎていきました。

 

 

刺激的というよりも、わたしはとても「自由」だったのでしょう。

 

 

親からもそして日本だけの価値観からも解放されて、自分を思いっきりだして自由に楽しむことができたのです。

 

 

 

わたしは昔ながらの考え方を持っている両親に育てられました。

 

 

短大生の時の門限は夜の10時、就職した後でさえ門限は11時。

 

 

門限をすぎてしまい帰宅した時には、父親が玄関の戸を開けた所でよく仁王立ちして待っていました。

 

 

短大生の時には家が遠かったので8時にはコンパの席を立って帰らなければなりませんでした。

 

 

就職した後も仕事の接待があるときは上司がいつも気を使って早く返してくれました。

 

思春期のころ母はよく

 

「お母さんが学生のときは道ばたで男の子と話しをしているだけで近所の人にふしだらだとうわさされたものよ」

 

だから気をつけなさい...と言わんばかりに何度も言われたものです。

 

 

親の子を心配する気持ちは子供を持ってみて今はよくわかります。

 

多くの人が通る道なのでしょうが、そのときはとても窮屈でした。

 

日本ではそんな思いで青春時代を過ごしていましたが、親の目の届かない異国の地では自由に恋愛ができます。

 

 

結婚することになる彼と、はじめて食事をしたときにお互い一目惚れをしたようで、彼はそれから毎日用事がなくても顔を見せにきてくれるようになりました。

 

 

それからどんどん二人の仲も深まり、わたしが日本に帰国するまで後一ヶ月と言うときに、ある事件がおきました。

暗く寒い冬はみんな鬱病のようになり、イライラしたり攻撃的になるということもあり、ホームステイ先のホストの女性が私に焼きもちを焼きだしたのです。

 

 

彼女もシングルです。私に彼氏ができて楽しそうにしていることがきっと気に入らなくなったのでしょう。

 

 

私に

 

「あなたは彼氏をつくってイチャイチャしてふしだらだって、~先生が言ってたわよ。日本のご両親が知ったらさぞかしがっかりするでしょうね!」

 

それを言われたときにわたしは強い罪悪感を感じました。

 

 

そう、母が昔言った言葉が戻ってきたのです。

 

 

 

昔母に言われたときは

 

「今時そんなのあり得ない。なんて古い考え方なんだろう」

 

と思っていたけれど、それからしばらくわたしは「罪悪感」にどっぷりとひたってしまいました。

 

 

もうその家にはそれ以上いることができないと思い、私をこの地に呼んでくれた学校の校長先生に相談しにいきました。

 

 

校長先生は「そんなこと気にすることはない」と言ってくださり、そして彼にも相談し残りの一ヶ月を彼の家で過ごすことになったのです。

 

 

箱入り娘の私にすると「同棲」するということはとても勇気のいることでした。

 

–10–につづく

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